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ハリウッド映画を支えてきた裏方の女性たち:ミッジ・コスティン監督『ようこそ映画音響の世界へ』──「モダン・ウーマンをさがして」第34回 - GQ JAPAN

『ようこそ映画音響の世界へ』より

“音の世界”で活躍する女性たち

ハリウッドの大物プロデューサーとして知られるハーヴェイ・ワインステインが何十年にもわたって女性たちに性的虐待を重ねてきたことが明らかにされたのは、2017年10月のこと。以来、セクシャルハラスメントや性的暴行の被害体験をSNSなどで告白する#MeToo運動は、国際的に大きな広がりを見せています。

商業的な娯楽作品の場合ですが、映画というものは、たったひとりでもひとまず作品を完成させることが可能な小説や漫画に比べると制作に必要なお金と人員の数が桁違いです。性的な搾取が発生する現場において、常に被害者が女性で加害者が男性であるとは限りませんが、映画会社の重役や有力な出資者の多数を男性が占めている現状では、とりわけ女性が弱い立場に追いやられがちだというのは想像に難くありません。そういえばメジャーな映画賞を見ていても、主要部門で挙がる名前には極端に女性が少ないように感じてしまいます。たとえば92年におよぶアカデミー賞の歴史で監督賞にノミネートされた女性監督は、これまでわずか5名だけなのだそう。受賞したのは2009年のキャサリン・ビグローひとり。映画館の客席に座っている人たちは、そこまで男女比が偏っているとは到底思えないのに。

『ようこそ映画音響の世界へ』のミッジ・コスティン監督/Gettyimages

© Michael Loccisano

そんなわけでハリウッドの性差別は思っていた以上に根深いということをどうしても意識せざるを得ない今日この頃ですから、現在劇場公開中のドキュメンタリー『ようこそ映画音響の世界へ』(2019年)の監督が女性だというのは、ちょっと嬉しい驚きでした。タイトルの通り映画において音がいかに重要な役割を担っているかに着目した、たいへん楽しく勉強になる作品です。はじめは無音の映像のみだった映画というものに音が付き、徐々に進化して現在のデジタル技術を活用した立体的な音響システムに至るまでの歴史が、豊富な事例と共に紹介されます。声、音響効果、音楽など、映画を彩るさまざまな音の構成要素をひとつずつ取り上げ、それらがどのように作られているのかを超一流の職人たちが解説してくれるのだから贅沢です。

ジョージ・ルーカス監督。『ようこそ映画音響の世界へ』より

本作の監督ミッジ・コスティンは、90年代初頭より音響デザイナー・音響編集者としてハリウッドで活躍した後、南カリフォルニア大学(USC)映画芸術学部で教鞭を執ってきた人物。初の長編監督作だというこの作品で、スティーヴン・スピルバーグ、ジョージ・ルーカス、デヴィッド・リンチといった映画業界の最重要人物たちが取材に協力しているのも、これまでに積み重ねた実績があってこそなのでしょう。ライアン・クーグラー監督(『ブラックパンサー』)も教え子のひとりなのだそうです。

『スター・ウォーズ』シリーズのサウンドデザインを務めたベン・バート。『ようこそ映画音響の世界へ』より

たくさんの映画人が登場する中で、音響デザイナーとしての仕事ぶりを比較的詳しく見ることができるのは、ウォルター・マーチ(『地獄の黙示録』)、ベン・バート(『スター・ウォーズ』シリーズ)、ゲイリー・ライドストローム(『プライベート・ライアン』)の3人です。とりわけ未来の宇宙を舞台にした『スター・ウォーズ』で、現実には存在しないライトセーバーの音や、チューバッカ(架空の種族のひとり)やR2-D2(ロボット)のチャーミングな声を創り出してみせたベン・バートには、なんてすごい人なんだろうと今さらながら驚かされました。『スター誕生』(1976年)で主演だけでなく製作総指揮も務め、『愛のイエントル』(1983年)では監督・製作・脚本・主演を兼ねたバーブラ・ストライザンドの功績にも時間が割かれています。

『ラ・ラ・ランド』やマーベル映画などの音響編集を務めるアイ=リン・リー。『ようこそ映画音響の世界へ』より

この作品ではその他にも、きらびやかなハリウッド映画の世界を裏方として支えてきた女性たちの仕事にしっかりスポットが当てられています。たとえば『トップガン』(1986年)で、本物の戦闘機の音を録音してみたけれど映画に使うには迫力が足りなかったので動物の鳴き声を重ねたというセス・ホール。また、1960年代に公民権運動を大きく前に進めることになったアラバマ州セルマでのデモ行進を描く『グローリー/明日への行進』(2014年)で音響編集を務めた黒人女性ボビー・バンクスが、自分も若き日に運動に参加していたのでこの仕事ができて光栄だと語るところは感動的です。

『グローリー/明日への行進』や『ストレイト・アウタ・コンプトン』で音響編集を務めるボビー・バンクス。『ようこそ映画音響の世界へ』より

ディレクターズノートによれば、コスティン監督はUSCの大学院を卒業した後、ひとまず映像編集の仕事に就いたものの、自分の短編ドキュメンタリー作品を完成させるための資金調達に苦労し、お金のために音響編集を手掛けるようになったそうです。そこから音の面白さに目覚め、サウンド・エンジニアとして『クライ・ベイビー』(1990年)や『デイズ・オブ・サンダー』(1990年)に参加します。その頃、ようやく完成させた自分の短編が評価され、監督の道に進むか迷った末に音響の専門家になることを選びました。そして『クリムゾン・タイド』(1995年)と『アルマゲドン』(1998年)でアカデミー賞にノミネートされるなど、ハリウッドのサウンド・エンジニアとしてトップレベルに到達したところで、2000年に映画製作の現場を離れて教職に就いたのだそうです。初の長編監督作となる本作は、9年前に大学の同僚であるボベット・バスターの提案を受けて企画が立ち上げられたとのこと。

『ようこそ映画音響の世界へ』より

そんなコスティン監督のバックグラウンドを知ると、2020年に日本公開された『ようこそ映画音響の世界へ』で惜しみなく分け与えられている知見がますますありがたいものに感じられてきます。スタートからゴールまで一直線には進まない女のキャリア、たとえ思うようにはいかなくても目の前の仕事に真剣に取り組んで一歩一歩学んでいかなくては、と怠けがちな自分を反省するのと同時に、やはり豊かな芸術と産業を支えるのは教育の充実だということを資本家やお役所の偉い人たちにもっとわかってほしい! という気持ちが一層強まりもするのでした。

『ようこそ映画音響の世界へ』
新宿シネマカリテほか全国順次公開中
配給:アンプラグド
© 2019 Ain't Heard Nothin' Yet Corp.All Rights Reserved.
http://eigaonkyo.com

野中モモ(のなか もも)
PROFILE
ライター、翻訳者。東京生まれ。訳書『飢える私 ままならない心と体』『世界を変えた50人の女性科学者たち』『いかさまお菓子の本 淑女の悪趣味スイーツレシピ』『つながりっぱなしの日常を生きる ソーシャルメディアが若者にもたらしたもの』など。共編著『日本のZINEについて知ってることすべて』。単著『デヴィッド・ボウイ 変幻するカルト・スター』『野中モモの「ZINE」 小さなわたしのメディアを作る』。

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September 10, 2020 at 06:00PM
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