ルパート・グールド監督による新作映画『ジュディ 虹の彼方に』が3月6日に公開される。ジュディ・ガーランドを演じたレネー・ゼルウィガーは、第92回アカデミー賞で主演女優賞を受賞している。
呪いをかけられた女優の輝かしい最期
『オズの魔法使』(1939)で大ブレークする少し前、10代のジュディ・ガーランド(ダーシー・ショー)は、スタジオトップのルイス・B・メイヤー(リチャード・コーデリー)に、もっと自分の時間が欲しいと言う。メイヤーは答える。いま楽しそうに過ごしている同世代の少女たちは、やがて普通の妻や普通の母親となり、身なりにかまう暇もなく、忙しいだけの平凡な日々を送るだろう。ジュディ、きみはそうなりたいのか。彼女たちにはないものを、きみは持っているのに。
メイヤーがジュディにそう語りかけるとき、ふたりはMGMスタジオの、テクニカラー撮影を意識したカラフルなセットのなかで、まっすぐにこちらを--わたしたちを見ている。ジュディは答える。いいえ、なりたくありません、メイヤーさん。客席にいる者たち=わたしたちのようにはならないこと、スクリーン1枚で「普通の人たち」と隔てられて人工的な虚構の世界で生きていくことを、このときジュディは運命づけられる。フランク・モーガンが演じたオズさながらに恰幅のいいルイス・B・メイヤーは、悪い魔法使いのごとくジュディに呪いをかけた。
このシーンからおよそ30年が過ぎて、映画の舞台は一気に1960年代末へ。本作は、黄金期ハリウッドのレジェンドのひとり、ジュディ・ガーランド(1922-1969)の晩年の日々を描いている。ガーランドについて出演作以外のことを少しでも聞いたことがある人ならば、その人生がそれ自体、あまりに劇的なものだったことを知っているだろう。芸人一家に生まれた少女が、美形タイプではない「ガール・ネクスト・ドア」的魅力と、芸人としての天性のカンのよさ、そして何よりも圧倒的歌唱力によって、黄金期MGMミュージカルのトップスターへと駆け上がる。だが体重管理などを目的に与えられていた薬物と、持って生まれた鋭敏な感受性のせいもあって心身ともにぼろぼろになり、トラブルを繰り返したあげくMGMを解雇される。スターダムへの復帰をかけて熱演した『スタア誕生』(1954)では、当然視されていたアカデミー賞主演女優賞を逃し、仕事のオファーもまばらになっていくなか、薬物の過剰摂取で波乱の人生を終える。
以上のように文字で書いただけで、もう充分にドラマではないか。これを映画化したところで「やっぱり彼女は可哀想だったね」と、追認するだけで終わるのではないか。この不安を本作は、先ほど述べたとおり彼女の最晩年の日々をクロースアップし、平板な伝記映画の型を離れることで回避しようとする(原作は世界中で上演を重ねている戯曲「End of the Rainbow」)。彼女の忠実なファンであるゲイカップルを登場させ、ゲイ・アイコンとしてのジュディの側面に言及しているのも意義のある部分だ。
しかし、ジュディ・ガーランドを描いた映画だと聞いてもうひとつ浮かぶ、たぶんもっと大きな不安はこれだろう。外見も歌声も才能も、ワンアンドオンリーで規格外の存在だったガーランドを、演じようだなんて正気の沙汰とは思えない。誰が主演? レネー・ゼルウィガー? 確かに彼女ならミュージカルの経験がある。でも、恐れおおくもガーランドを名乗って、全部の歌をゼルウィガーが歌うんですって? 何て命知らずな!
だが当然、ゼルウィガーの覚悟は半端なものではなかった。どの歌も単に上手いだけでなく表現力にあふれ、近年のミュージカル映画で聴かれたなかでもトップレベルと言っていい。歩き方までジュディをコピーしているのにも驚かされるが、歌唱に自分の個性をちゃんとにじませていることからもわかるとおり、表面的な物真似ではなく、ジュディの核のようなものをつかんで表現しようとしているのがわかる。ジュディが娘のローナ(映画では触れられていないが、彼女のもうひとりの娘であるライザ・ミネリ同様、この人ものちにシンガーになった)に電話するシーンなど、演技力の高さが知られつつあったキャリア後期のジュディがこういうシーンをまかされたなら、まさにこういう演技をしていたのではないかと、妙に倒錯した考えまで頭に浮かんだ。
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March 05, 2020 at 06:44PM
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