本当の贅沢とは“壮大なる無駄”にこそあり!!
【シネマ・タイムレス~時代を超えた名作/時代を作る新作~第4回】
連載第4回目は、昔も今も作られている“ハリウッド超大作”にフォーカスし、一体どんな要素が大作を“超大作”たらしめているのかを考察する。
史上最大の超大作に三度、出演したデニス・ホッパー!
今から25年前の1995年、ハリウッドのNo.1スターがケヴィン・コスナーだった頃、そのコスナーと無名時代からの仲間だったケヴィン・レイノルズ監督とのコンビで『ウォーターワールド』(1995年)がつくられた。1億7,500万ドルという当時の史上最高額の製作費で話題となった同作品に悪役として出演することになったデニス・ホッパーは、とある記者会見で「史上最高の製作費の作品に出演することになったお気持ちは?」と尋ねられ、「まあ、俺にとっては史上最高の製作費の作品に出演するのは今回で3回目だからな」と答えて記者を煙に巻いた。
実際、ホッパーは1956年の『ジャイアンツ』、1979年の『地獄の黙示録』という、それぞれ製作当時の史上最高額の製作費投入で話題となった作品に出演していた。『ジャイアンツ』はロック・ハドソン、エリザベス・テイラー、そしてジェームズ・ディーンなどが出演した、テキサスを舞台とした一大叙事詩。通常、1本の映画が2週間程度の期間で作られていた1956年当時に5ヶ月間の長期ロケを敢行し、500万ドルともいわれた製作費も話題となったが、ワーナー映画史上最高の収益を上げている(当時)作品だ。撮影終了の2週間前にディーンが交通事故死してしまったことでも記憶されている。
フランシス・コッポラの『地獄の黙示録』については本コラムでも既に紹介しているが、3,100万ドルの予算とフィリピンのジャングルでの1年2ヶ月もの長期ロケ(その間に主役の交代や台風の直撃を受けてセットが全壊して作り直すなど苦難の連続)と、1年間に及ぶ編集期間を経ての満を持しての公開に世界中の話題を独占、収益の方も桁外れだった。
一転して、『ウォーターワールド』は史上最高額の製作費を費やしながら収益の方はかろうじて収支トントンだったというが、この3作品のうち『ジャイアンツ』と『地獄の黙示録』に共通していたのは、スケールの大きい一大叙事詩だったことと、撮影に長期間を費やしたこと。一方、『地獄の黙示録』と『ウォーターワールド』に共通していたのは、セット建設費が莫大な金額で天候によって撮影できない時の損失もまた膨大な金額だったという点だ。
『ベン・ハー』と『アイリッシュマン』を超大作たらしめているコストの費目は?
ハリウッド映画で超大作の冠を付けられるのが、一にその予算規模、二に内容的に一大叙事詩であること、そして三に莫大なセット建設費、と仮定すると、全てに当てはまるのは、たとえば『風と共に去りぬ』(1939年)、『十戒』(1956年)、『ベン・ハー』(1959年)そして『クレオパトラ』(1963年)といった作品群だ。
これらのうち、南北戦争時を背景とした『風と共に去りぬ』を除くと、残りの作品はみな“史劇”というジャンルにカテゴライズできる。『ベン・ハー』はサイレント期の1925年にも当時の史上最高額の製作費(390万ドル)で製作されたことがあり、その時のスタッフの一人だったウィリアム・ワイラーが改めて製作した1959年版は、1500万ドルの製作費(もちろん当時の史上最高額)を費やした。
取り分け後半の戦車競技場の巨大セットのスケール感、アカデミー賞史上最多11部門受賞という成果(その後『タイタニック』[1997年]、『ロード・オブ・ザ・リング/王の帰還』[2003年]が並んだが抜いてはいない)も含めて、すべてのスケールが桁外れだった。
一方、2020年の第92回アカデミー賞で作品賞(ほか9部門)にノミネートされたマーティン・スコセッシ監督の『アイリッシュマン』(2019年)は、同じように1億2500万ドルもの金額がNetflixにより拠出されたし、ロバート・デ・ニーロ、アル・パチーノ、ジョー・ペシら大スターの出演、長いスパンでの叙事詩的物語という点ではハリウッド超大作の系譜に入るとも言えるが、上記の“史劇”などとはどこか違う。
それは画面上に現れるスケール感の違いにほかならず、巨額のセット建設費の代わりに同作品で最もコストがかけられたのが、撮影当時74歳のデ・ニーロとペシ、77歳のパチーノらの顔に深く刻み込まれた皺を、若い時代を演じるパートにおいてCGによって若い風貌に加工する部分だったという。
キャスティングの豪華さこそ“超大作”としての心意気!?
スコセッシは、2019年に「マーベルなどのコミックものは映画ではなくテーマパーク」という趣旨の発言をして物議をかもしたが、その心は、つまり「VFX技術を用いれば誰も今までに見たことがないような映像を作ることはできるが、映画に必要なのは技術ではなく、人の感情に訴えかけるメッセージのはず」ということだろう。
もっとも、20世紀FOXの製作担当重役として一時代を築いたプロデューサー、ダリル・F・ザナックなどは、記者から「この作品のメッセージは何ですか?」と聞かれると、「メッセージ? そんなものはウエスタンユニオンに任せておけばいい!」と答えたという。ウエスタンユニオンとは日本で言えば昔の電電公社、つまり「メッセージがあれば電報で送れば済む。映画とは圧倒的な物量によって観客に非日常的体験を提供する装置なのだ」というのが、その心だ。うーん、そうするとスコセッシの言うテーマパーク的映画は、最もザナック的映画ということになる。
そのザナックの代表作と言えば何といっても、第二次大戦中もっとも熾烈な戦いだったと言われるノルマンディー上陸作戦を描いたオールスター・キャストによる戦争映画『史上最大の作戦』(1962年)ということになる。この作品の場合は製作費も1,200万ドルと、3年前のMGM『ベン・ハー』に迫る巨額のものだったが、それよりも圧倒的なのが44大スターを登場させたキャスティングの豪華さだった。
米軍側のジョン・ウェイン、ヘンリー・フォンダ、ロバート・ミッチャム、英国軍はリチャード・バートン、ピーター・ローフォード、そして『007』シリーズでブレイクする直前のショーン・コネリー、ドイツ軍にはクルト・ユルゲンスの将軍から(ゴールドフィンガーこと)ゲルト・フレーベの軍曹まで、フランスからもジャン=ルイ・バローやブールヴィルなど、まさしくその国を代表するスターたちが次から次へと登場。
呆れるほどの贅沢な3時間で世界中で大ヒットを記録し、20世紀FOXが同時期に製作が進行していて「史上最大の失敗作」の異名をとることになった『クレオパトラ』(製作費は4,400万ドル)の損を、相当部分相殺できるほどの収益を生み出した。
ちなみに『史上最大の作戦』の翌年、イタリア映画でパチモンの『史上最大の喜劇 地上最笑の作戦』というコメディが製作され、こちらは本家の44大スターに対抗して88大スターを謳っていた(笑)。
もっとも、88大スターといってもイタリア映画界の、ということなのでほとんどは知らない俳優ばかりなのだが、それでもフランスからジャン=ポール・ベルモンドやアヌーク・エーメ、ハリウッドからスチュワート・グレンジャー、ウォルター・ピジョン、イタリアからはレナード・サルヴァトーリやヴィルナ・リージといった第一線級のスターが小遣い稼ぎに出演して、お茶を濁していたのだった。
結論:本物の“超大作”の心とは“壮大なる無駄”にこそあり!!
それでは、『風と共に去りぬ』や『地獄の黙示録』、『ベン・ハー』や『史上最大の作戦』、そして『アイリッシュマン』といった様々なタイプのハリウッド超大作のすべてに共通する要素とは、いったい何なのか?
その答えをシンプルに考えれば、常識では考えられないほどの“壮大なる無駄遣い”なのではないだろうか?『風と共に去りぬ』のアトランタ市街地のセットは火災シーンで燃やすためだけの目的で作られたし、カーツ大佐のジャングルの王国を実際に築き、ヘリコプターでナパーム弾を投下するシーンのために実際にジャングルに絨毯爆撃を行った『地獄の黙示録』でのコッポラは、カーツ大佐やヴェトナム戦争そのものの狂気を映画作りという領域で実践していたにほかならない。
『ベン・ハー』の戦車競技場の巨大セットはチルコマッシモにある古代ローマ時代の競技場の跡地に巨大セットを建設、実際にローマ時代に行われていた競技方法を忠実に再現して撮影が行われた(そしてもちろん、撮影終了と共にセットは解体された)。『史上最大の作戦』で44人もの大スターたちにギャラを支払ったことも、『アイリッシュマン』で巨額の予算を投じて俳優たちの顔の皺を目立たなくさせるためにVFX技術を駆使したことも、すべては恐ろしいまでの“壮大なる無駄遣い”そのものではないだろうか。
そういう意味では『アイリッシュマン』のような、ある意味バカげた使途に特化した場合を除くと、超大作という形容詞が似合うのは、やはり昨今のCGやVFXを駆使した映画よりも、昔の莫大なセット建設費を計上したアナログ的な映画作りの方だという気がする。古くはサイレント期のバスター・キートンの『キートン将軍』(1926年/後に『キートンの大列車追跡』と改題リバイバル公開)から、黒澤明の『乱』(1985年)あたりまでのアナログ的映画造りでは、撮りたいシーンのために本当にそのシーン通りのことをやってのけていたからだ。すなわち、『キートン将軍』では渓谷に架かる橋を通過する蒸気機関車が橋もろとも崩れ落ちるシーンを、『乱』では敵軍に攻められて巨大な城が炎上するシーンを、本当に撮ってしまっているのだ。
CGが発達してからの映画では、そういったシーンはコンピューターの画面の中だけで作り出すことができるが、それはつまり本当に火薬を使って爆破したり、何千人、何万人ものエキストラを用意したりする手間を省いて、代替品としてCGで済ませているということ。贅沢さではアナログのほうが遙かに上だ。――僕は、これを“カニカマ理論”と名付けているのだが、その心は、昔は北の海の深いところにまで潜って蟹を採ってきていたのを食べていたけれど、今では味も食感も匂いも本物の蟹そっくりに加工された究極のカニかまぼこが安価で手に入る。カニカマを食って「蟹っておいしいね!」と言っているようなもの、という意味だ。……あなたはどちらを食するのがお好きですか?
文:谷川建司
『ベン・ハー』はCS映画専門チャンネル ムービープラスで2020年4月放送
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April 01, 2020 at 08:01AM
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